2016-07-14

戸隠の根曲竹細工の「これから」について。井上栄一さんにお話を伺いました。

天岩戸が飛んできて落ちた場所、と伝えられる長野の戸隠。
古くから信仰と修験道が盛んで、今もその名残が神社や多くの宿坊にみられます。
 
戸隠の根曲竹細工は、江戸時代のはじめから受けつがれてきた伝統工芸品です。
そばどころとしても知られるこの高原の村では、数多くある蕎麦店のどこに
行っても、
そばは根曲竹を使ったざるに盛られて出てきます。

もともとは農家の実用品としてつくられていましたが、その後は戸隠参りの
お土産として、
また、昭和40年代にスキー場ができてからは、観光の土産物
としての需要も
増えていきました。
かつては、多くの職人たちがしのぎを削った竹細工の産地でしたが、
現在では高齢がすすみ、若手といわれる作り手も60代前後となってきました。

そんな戸隠の根曲竹細工の現状を知りたくて、井上竹細工店の5代目、
井上栄一さんを訪ねて、お話を伺ってきました。


井上さんが竹細工店を継いだのは、昭和50年代の後半。
当時は20代後半の頃で、ご家庭をもち、お子さんが誕生して間もないころでした。

88歳まで現役を続けたおじいさんから、約5年間にわたり竹細工や商売にまつわる
さまざまなことを学んだそうです。


おじいさんの時代は、日本の竹細工にとって、おおきな変革期でした。
昭和30年代、これまでの国産品中心から、輸入ものが多く入りこみ価格が急落。
一方で、日本は経済成長まっさかりの時代だったため、かごの注文は増加。
そうすると、これまでのようにすべてを自分で作るのは割が悪いと、業者から
仕入れたかごを中心に販売する店が増えていきました。

けれど、安価な輸入品と並べて販売しても、これまで戸隠製品を愛用していた人や、
少々高くても丈夫で長持ちすることを知っていた人は、根曲竹を選んでいったそう。

時代や景気によって、多少の浮き沈みはあったものの、一定の支持層が支えて
くれたこと、そして地元の蕎麦屋から、定期的にざるの注文があるというのも、
戸隠の竹細工が今日まで続いてきた大きな理由のひとつなのだと思います。

 
現在、地元の竹細工組合の会長としても日々奔走されている井上さん。

その目標は、戸隠の竹細工を100年続く伝統として繋げていくこと。
そのために、今よりもさらに使いやすく、丈夫で、愛着を感じてもらえる
ものづくりに
地域全体で取り組んでいきたいと考えているそうです。

たとえば、職人にしかわからない「手間」。
そのほとんどは、外側から目に見えない作業のため、その手間を掛けるか
掛けないかはそれぞれの
職人の判断になります。それをしないからといって、
すぐに差がでるというものでも
ありませんが、数十年使った時に歪みが少ないなど、
わずかな違いとして
あらわれる可能性があります。

それから、材料選びの「目」。
丈夫なものを作るには、何よりも材料選びが重要です。
蕎麦ざる一枚をとっても、底、本体、縁巻きで、年数の異なる素材を使ったり、
幅や厚みに差をつけたりと、丈夫さや使いやすさは、素材へのこだわりなしには
生まれません。

そして、価格について。
熟練の職人でも一日で編める蕎麦ざるは、わずか二枚程度。
さらに、山に材料を採りに行く時間などを含めると、実際にはもっと多くの時間が
費やされています。その手間を考えると、今のままの価格では、これから職人を
目指す若者が現れても生活が成り立たないというのが実情です。

今後は、そういった先のことも含めて、価格の見直しについても考えなければ
いけない時期に来ているのかもしれません。


その点について井上さんに尋ねてみると、以下のような答えがかえってきました。
「後継者が少ないから、作業がたいへんだからという理由で価格を高くすると
いうことはできません。道具が高くてもいい理由というのは、手になじんで使い
やすく、丈夫で長持ちすること、使うほどに愛着が持てるものだと思っています。」
 
今後もこの伝統を次の世代につなげていくために、そういったさらなる質の向上を
目指し、根曲竹細工に携わっているみんなで考えていきたいと思っているそうです。
そして近々、技術を学ぶ場所として、地元の有志を募った竹細工教室の開催も
検討しており、忙しい日々をすごされていました。

地元の方を対象にした体験教室が、7月末より開催されます


生まれ育ったこの戸隠を、今も深く愛する井上さん。
「戸隠の美しい山々に抱かれ、その恵みをいただきながら、楽しんで暮らしていく。
贅沢はできなくても、
そういった自分たちの姿を、後輩たちにみせていきたいと
思っています。
自分が竹細工の伝統とともに大切にしていきたいのは、
そういったところなのかも
しれません。」



おだやかな表情でそう語ってくださったのでした。



伊藤